東欧のアドラー心理学

希にロシアからアクセスされる方がいらっしゃいます。

そのことから想を得て私自身それほど詳しいわけではないのですが東欧のアドラー心理学についてお話ししてみようかと思いました。

 

アドラー心理学の系譜について

ルドルフ・ドライカース写真

ルドルフ・ドライカース

アドラーには複数の弟子がいまして、それはヨーロッパにもアメリカにも存在していました。日本で学ばれるアドラー心理学はルドルフ・ドライカースという弟子のまとめたアドラー心理学です。ドライカースもオーストリア人でドイツ語圏の人でしたが、彼もユダヤ人でしたのでナチスの迫害を逃れてアメリカに渡り、フロイト人気のアメリカという環境の中でアドラー心理学を体系的に整理するという仕事をしてくれました。今現在アドラー心理学がすっきりと俯瞰しやすくまとまっているのは全くドライカースのお陰であると言えます。

アメリカにはドライカースの他にもアドラー心理学の基本前提をまとめたハインツ・アンスバッハなどの弟子もいました。

ドライカースのアドラー心理学は個人の臨床だけではなく、家庭や教育現場での問題にもすぐに現場の役に立つようにデザインされています。

ヨーロッパのアドラー心理学に話を移すと、アドラーがアメリカに亡命してからナチスの活動は活発となり、多くのアドラーの弟子がユダヤ人であったため、ヨーロッパのアドラー心理学は滅びかけてしまいます。
その後ドイツ語圏でのアドラー心理学は再建の道をたどりますが、その担い手はユダヤ人からドイツ人に移りました。
ドイツの医療制度では精神分析は他のカウンセリングと異なって診療報酬が高額であったため、アドラー派の治療者は自分たちの技法をアドラー派精神分析という位置づけで発展させていくため、元々のアドラーのスタートしたアイディアから思い切りフロイトよりの方向に発展しました。

そのためアメリカのアドラー心理学とは随分と趣の異なるものとなっています。

しかしスイスではイボンヌ・シューラーがドライカースに弟子入りしていたためアメリカのアドラーの長所をかなりよく取り入れた独自の風格のあるアドラー心理学を展開することとなりました。

アドラー心理学の東欧での普及

さて、東ヨーロッパは長らくソビエト連邦の支配下にありました。ソ連ではアドラー心理学は排斥されていたために伝えられておらず、当然東欧でも同じ事情があったようです。
社会主義の国は古い伝統を敵視してきた歴史があり、その中には伝統的な家族関係のあり方や社会秩序を保ってきた社会の仕組みも含まれていました。そのような社会がソ連の崩壊とともに資本主義が流れ込み、社会の矛盾が一気にあふれ出します。人心が荒廃しているところに資本主義が流入したのですから社会の荒れる様子は容易に想像ができるのではないでしょうか。

このような社会の荒んだ様相は教育や家庭での育児や教育にも表れていました。この状況を改善するべく採用されたのがアドラー心理学でした。その際、ドイツ語圏風のアドラー心理学とドライカースのアドラー心理学の二つの系統が入っています。

その結果、家庭や教育問題を改善するのに大きく力を発揮したのはドライカースによるアドラー心理学でした。フロイトと折衷したアドラー心理学は精神分析風のアプローチを教育や家庭の問題を理解するために援用しましたがそれほどの効果を上げられなかったようです。
依頼東欧ではドライカースによるアドラー心理学が少しづつ根付きつつあります。

このドライカースによるアドラー心理学は毎年2週間の研修プログラムを開催していますがそこには東欧はもちろん、最近ではロシアからの参加者もいるようです。ちなみに香港やインドからの参加者もいるそうです。

おそらく現在でも人数はまだまだ少ないかもしれませんが、ロシアでもドライカース・アドラー心理学によるカウンセリングは受けられるのではないでしょうか。

 

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