夫婦間暴力(DV)支援の問題点

夫婦間暴力支援の現場を垣間見て疑問を覚えたこと

 

ドメスティックバイオレンス(DV)が社会的な問題となっています。昔は家庭内暴力というと子供が親に対して行う印象が強かったように思いますが、ここでは夫婦間で行われる暴力に焦点を当ててみたいと思います。

DVについては各自治体での取り組みもありますがDVという言葉が先行してその正体もとらえられないままに実態にそぐわない支援が行われているのではないか、その問題点について触れてみたいと思います。

DVは治らないといわれたが

一方の当事者が治す気があるかないか、が重要です。相手の意思までコントロールできませんので当然のことです。暴力をふるうことで利益を得ている人は都合が悪くなってカウンセリングを受ける姿勢をアピールしなくてはならなくなって面接に来ることはあっても本気で取り組む気のないという人はいます。そういう人は確かに改善しないでしょう。

しかしそういう人ばかりではないのです。必ずやめられないと決めつける必要はありません。この点でDVは治らない、は嘘です。

暴力さえなくなれば問題が解決する?

男性が(女性のこともありますが)暴力をふるいさえしなければ問題がなくなる、男性の暴力の存在が問題のすべてである、との認識を持つ援助者も珍しくありません。しかし本当にそうでしょうか。

暴力は不適切なコミュニケーションの1つの形態であり、それ以前のコミュニケーションの文脈があって発生します。つまり互いのコミュニケーションが良好であれば発生しない種類のものです。

それ以前のコミュニケーションがよろしくないのは夫婦双方のコミュニケーションに点検すべき点があるからです。それなのに暴力をふるった人だけを問題視していたのでは問題の本質から遠ざかりますし、アンフェアです。妻だけが専門家を味方につけて被害者であることを強調することで優位に立ち、夫は劣等感を感じるポジションに立たされる、というアンフェアな構造は夫婦関係はさらに不安定にすることすらあります。

夫が一方的に妻を虐待し、搾取するというDVのイメージが一般的かもしれませんがそういうケースは多くはありません。

ドメスティック・バイオレンスというネーミングは妥当か?

① 5年前から妻と仲が悪く、半年前に一回手を挙げたことをDVと呼びカウンセリングを求めて連絡をしてくる人がいます。DVの正式な定義はないだろうとは思いますが、DVという特別な名前を付けてしまうことで、自分たちにあるレッテルを貼ってしまい、そのレッテルによって夫婦の関係が遠ざかる方向へと働くことがあります。

本来こういう言葉は普及させるべきではなかったと考えますが営利を目的としてカウンセリングの顧客を開拓したい専門家などがこのような社会へのマイナス面を考慮せずマスメディアを通じてこうした言葉をまき流行らせてしまうことが多々あります。「インナーチャイルド」「アダルトチルドレン」などもこの種の営利目的に作られた用語です。

②DVと言ってもその内容はまちまちです。口下手な夫が饒舌で夫を批難してやまない妻にやり込められて耐えかねて殴ってしまう、というケースは多々あります。それとは別に人格的な問題のある夫が妻を搾取する道具として暴力に訴える、という場合もあります。

これらは同じ名前で呼んでよいものでしょうか。配偶者による暴力の問題に真摯に向き合うならDVという言葉を考えもなく使うのは危険なことではないでしょうか。

DV防止法を悪用する女性

暴力にさらされる被害者がシェルターなどに保護されたり、接触を制限してもらったり、という仕組みによって守られるのは必要な措置ですし、その整備がなされていなくてはなりません。

しかし残念なことに現行のDV防止法には大きな問題があります。女性の訴えを全面的に信用するために悪意を持って利用する女性に対しての予防が全くなされていません。そのため自分で散々夫を殴っておきながら夫がその手を押さえつけるとDVだと騒ぎ、挙句財産と子供を連れてシェルターにかくまってもらい逃げおおせたまま、夫は一方的に世間的には悪者扱い、という事例が多々発生しています。一旦このような状況になると夫が冤罪を証明するのは至難の業で弁護士に相談しても解決しないことがほとんどです。

DVはジェンダーの問題なのか?

上記で紹介したような女性から男性へのDVは珍しくありません。しかしDVを政治的思想的にジェンダーフリーの運動とリンクさせてDV問題解消の表看板に隠れて利用しているように見える活動家もいます。専門書を読む際には気を付けたい点です。

必要なのは男女が同質になることではありません。お互いの存在や役割の違いを認め合いながらも、その価値において上下がないことを認めることです。健全な男性像、女性像を取り戻すことが必要であると考えます。平等である、とは同等とは違うのです。

行政のDV観

行政はこのような社会問題に取り組んでいますが、行政の職員自体が専門家であるわけではありません。したがってその運営に大きな影響を持つ識者と連携してあたることになると思われます。しかし心の癒しが問題を改善する、暴力行為だけがやめばよいと思っている古いタイプの心理学者と連携していることがほとんどであるため、素人である公務員のDV観も適切なものと思われません。
効果が証明できない心理学が欧米では急速に消えていくのに対して日本ではいつまでも影響力を持ち続けているという実態があります。なんでも欧米化すれば良いというものではないのですが、この点においては考える必要があります。

上記のような理由で行政の支援にだけ頼るという方法はあまりお勧めできません。十分やり直せそうな夫婦の関係が返って難しくなることも珍しくありません。

暴力を振るう方と振るわれる方、もちろん暴力を受けている方を助けなくては、と思うのは自然の道理です。怪我をしたり苦痛を受ける状態から遠ざける必要があります。しかしこれをもって被害者側の性が無条件で肯定され加害者側の性が無条件で否定されてしまう、このような状況は家庭を破壊する方向へと支援をする結果につながりがちです。良かれと思ったことが家庭を再起不能にしてしまうことがあるのです。家庭を再建する、という観点に立つならば被害者と思われる性にも見直してみるべきことがあるのは多々あることです。

ではどうしたら良いか?

家庭内の問題と言っても色々な要素があるわけですから、まず自分がどのようにしたいのか、現状はどうなっているのか、どんな可能性があってどんな可能性はあきらめるべきなのか、現実的な選択肢はなんであるのか、について整理するというのはどんな問題であってもたどるべき手順だろうと思います。まず現状からどうなりたいのか、自分自身のニーズをはっきりとさせておくべきです。

まず緊急性はあるのかどうか?配偶者、子供への暴力が深刻なら身を守ることが先決かもしれません。そのためにはシェルターは有効でしょう。

関係改善を望んでいるのか、関係の再建は可能であるかどうか?関係を修復するにはお互いがそう望んでいなくては不可能です。片方にその気がなければまず上手くいきません。残念ながら上手くいかなかったときのことも考えておいた方が良いでしょう。

どんな社会資源が活用できるのか。離婚ともなれば協議離婚なのか調停離婚なのか裁判なのか、そのための弁護士は頼むのか、それより先に逃げなくてはならないならどんな制度、施設が利用できるのか、離婚後の仕事や生活はどうするか、生活する場所ではどんな制度が活用できそうなのか、など考えておくと良いでしょう。

このようにカウンセリングによって関係を再建するという視点と別居や離婚、その後の生活などのソーシャルワーク的な視点があり得ます。ご自身のニーズを整理し、その目的に近づくためにどのような方法を採用するかを相談するためにカウンセラーを利用することは可能です。

※本文では夫が加害者側である例を文章に使用していますが、実際には妻から夫への暴力なども散見されます。

関連記事

夫婦カウンセリングー成功させるために気を付けたいことー

 

ホームへ戻る

Follow me!