「子供の貧困問題」の認識は正しいのだろうか?

絶対的貧困と相対的貧困

先ごろ放送されたNHKの子供の貧困番組の評判がとてもよくなかったようです。パソコンも持てない、という女子高生が携帯電話を持っていたり、様々なグッズにはとてもお金をかけている様子がVTRを通して視聴者に伝わり違和感を与えたようでした。私は見ていないのですが。

この番組のケースの実際がどうなのかはわかりません。しかし優先順位を弁えずに趣味にはつぎ込んでおきながらお金がない、勉強に差し支える、という身勝手な主張をするのであれば、それはわがまま勝手な話に聞こえます。また、多くのケースにお目にかかっていると、中には確かにそういう主張をする世帯も存在します。

我が国では極端な場合を除いてほとんど餓死する人がいません。何らかの手段で生活に必要最低限なものは入手できますし、保護の手が伸びるからです。つまり経済的困窮で本当の意味で生活ができなくなる人はいません。

ただ身の回りの人と自分を比較したときに経済的に振るわないことへの劣等感を強く感じるということはあるでしょう。

これは絶対的貧困と相対的貧困の差です。

しかし相対的貧困は人に手当てしてもらうべきものでしょうか?

上述のNHKで取り上げられたケースなども明らかに相対的貧困を訴えている訳です。

 

貧しいから勉強させられない?
勤勉さに乏しいから貧しくなるのでは?

貧しい世帯が集まっている地域で学力が振るわないのは実際にあることです。そしてしばしば躾けの状況も良くないという現象も重なります。しかしそれは経済的に恵まれないことが原因なのでしょうか。

 

我が国は公教育がとても充実しています。9年間の義務教育に奨学金制度の整備、図書館をはじめ勉強を志すならば利用できるインフラはかなり整っているのです。先生方も勉強について質問すればちゃんと教えてくれます。

それにも関わらず子供の勉強が振るわないのならそれは経済的に苦しいから勉強させてあげられないのではなく、大人が子供に学ぶことの喜びを伝えていないこと、子供が学習を志していないこと、が問題の本質なのではないでしょうか。勿論経済的にゆとりがあった方がより良い環境を整えられることは認めますし、その方が有利には決まっています。しかし我が国では勉強しようと思うならば義務教育の範囲でも随分と勉強できる環境が整っています。貧困を理由に学習が進まないと訴えるケースは、これらを利用できるだけ利用してなおかつ経済的に恵まれた家庭の子には及ばない、そういう話ではないのではないでしょうか。

 

往々にして環境のせいにしてわが身のこれまでを振り返らない人がいます。経済的に振るわない世帯の大人は人生の分岐点で長期的な展望を欠き安易な方へと流れやすかったことはないのでしょうか。安易な選択の積み重ねが現在の経済生活に結びついているのではないのでしょうか。その結果低収入で生活する人は家賃の安い所に集まることになり、その一帯の地域の住民の雰囲気として現れることになります。

もう大分昔のことですが、団地の子と遊んではダメ、と言われたことのある人もいたようですが、これはただの差別ではなく社会的な素養や生活習慣の格差、そこから影響を受けたくないと感じたために、そこから影響を受けたくないという警戒感が多分に含まれていたことと推察します。

このような家庭では子供を躾けることの意味を重視することなく、おざなりにされている可能性がそれ以外の地域に比較して高くなるように思われます。そうすると人生において努力したり、学習について適切な態度をとることを躾けられず、学ぶことの大切さや長期的視野に立って物事を考える力を身につけがたくなることでしょう。当然学力が振るわないことになるのです。

しかし経済的に苦しくても勉強はできます。いい塾に通えないから、というのは理由にならないのです。つまりこれは貧困の問題なのではなく適切な人生への態度、志を育てていないことであって経済的な事情は本質的な問題ではありません。

これを統計の数値だけ見れば経済的に貧しい地区の子供の学業が遅れているというデータは得られますから貧困=低学力になるのでしょう。しかしそれはデータの表層しか見ていない誤った解釈に陥っている可能性があるのではないかと思います。なぜ貧困であるのか、という背景は数値には現れていないのすが、しかしそれこそが注目されなくてはならないポイントであろうと思います。

従ってこういう場所に経済的支援をする意味がありません。経済的に支援しても教育以外のことに費やしてしまうことでしょう。有効にお金を使わないであろう所にお金を与えてもそれはただの甘やかしです。

 

経済的に余裕がないから進学を断念する、ということは今でもあるでしょう。しかし人は与えられた環境で自分のできることをしなくてはなりません。環境に恨みを覚えるのは筋違いです。

 

 

※不運に見舞われて経済的に立ち行かない人たちもいます。その人たちのことを述べているのではありません。全ての貧困家庭が一律に不適切な社会的態度であるとは言いません。ただし自業自得で経済が振るわないという世帯はかなり多いだろうと思います。

※団地に住む方について差別的に受け取られた方もいたかもしれません。ここではこのような発言が実際に行われたこともあったということと、その発言には理由もあったであろうことを指摘しています。

※高学歴低収入という職種もあります。ここでは煩瑣になるので敢えて触れていませんが上述の現象の内には含まれないだろうと思います。

 

 

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