優しく毅然とする-アドラー育児の基本的態度-

時々お母さん方の前でお話をさせていただく機会が時々あるのですが、その際の経験から気が付いたことがあります。

「甘やかさない」と言えば「厳しくする」と考えがちで、「厳しくする」というのは子供を泣いてる子供コントロールするために権威的に接すること、時に脅したり怒ったり一方的に命令すること、というイメージが定着しているように見受けられることでした。

ちなみに「甘やかす」というのは子供の望む通りに親が振る舞うことを意味しているように思います。

この二つの選択肢しかないようにお考えになっているのではないかと見受けられたのでした。甘やかさないときは厳しくする、厳しくしないときには甘やかす、この二つの姿勢の間でその時々に良いと感じた態度を使い分ける、そのように対応されている印象を受けました。

 

誉めない、叱らない子育て

アドラー心理学は子育てにとても関心の高い心理学です。

誉めて育てる、などのフレーズが比較的良い事であるかのように喧伝されているのですが、誉められるために良いことをする子は誉める人がいなくても良いことをしてくれるでしょうか?

私たちは人の評価に関わりなく良いと思ったことをする子になって欲しいと思っています。

 

また、厳しく扱われる、叱られたり一方的な命令をされたりするのでは子供は親に不当に扱われていると感じ、反発したり反感を抱いたりしやすくなります。

 

これらの対応は本来親が望むものではなかったろうと思うのですが、その場では収まったり、他に適切な方法が思いつかなかったりするために慢性的に使われ続けることでしょう。

多くの家庭で大なり小なりこのような躾が行われているのではないかと思います。

 

優しくきっぱり

人間は自分の能力が進歩したこと、できなかったことができるようになったこと自体を喜びとできる生き物です。そしてそれを人に認めてもらえたらさらに自信につながることでしょう。そしてそれは個人の能力にとどまらず、集団との関わりの持ち方にも同じことが言えると思います。

そのためには彼らの既にできている所、努力する姿勢や意図、取り組む過程を適切に認めてあげることが有効だと思います。私たちがこのことを「勇気づけ」と呼んでいることは以前にもお話ししたかと思います。

また、子供の良くないな、と思った行動に対して厳しく感情的に反応しなくても私たちは冷静にそれが良くないことであることを伝え、それに対して親がどのような態度をとるかを選ぶことができます。

多くの大人が誤解していますが、自分の正しいと思えないことに遭遇した際には怒ってもいいんだと思っている人がたくさんいます。敵を作りたければ構いませんが、他に洗練された成熟したやり方があるのです。

ましてや我が子を敵対的な方向に押しやりたい人はいないでしょう。

感情的にならなくても子供を躾けることは十分に可能です。

 

 

 

アドラーのお勧めは「誉めない」し「しからない」ことです。そしてそれは「何もしない」ことではありません。毅然として(感情的にならないで)良いことは良い、ダメなことはだめ、という姿勢を一貫して示し続けていくことです。つまり子供を勇気づけるために親が子供を勇気づけられる姿勢を持ち続けることです。

この文を読んで理念はいいけど、実際にそんなこと難しくてできない、と思われる方もいるかもしれません。

こういう習い事は茶道だのスポーツだのと同じで本を読んだだけでできるようになるものではありません。先生についてあちこち時間をかけて練習してできるようになる類のものです。

興味のあるかたはお近くの地域のPassageリーダーまで問い合わせてみてはいかがでしょうか。

 

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