教師が保護者に子供の特別支援教育を勧める難しさについて-アドラーカウンセラーの考え-

担任が保護者に伝える際の様々な葛藤について

この記事の中での特別支援教育とは知的障害児のことを念頭に進めておりますので予めご承知おきいただけるとありがたいです。

学校の先生が子供たちを担当するにあたって、予めどんな子供であるのか、という情報を引き継いでいますし、担任している間にどんな特徴を持つ子であるのかを観察する中で様々な情報が蓄積されていきますが、その中にはもちろん子供の勉強の到達具合も含まれますし、知的な障害の可能性の有無ということもそこに含まれてくるわけです。

この時知的障害の疑いが強いことに気が付いてもそのままやり過ごすような先生もいないではないですが、多くの場合は子供の両親と何らかの形で話題にしなくては、と思ってくださいます。しかしそれは決して簡単な仕事ではありません。

なぜならば子供に知的な障害があるかもしれない、と言われて受け止める強さのある人も大勢いますが、中には客観的な観察の結果を伝えているだけであるにも関わらず侮辱されたかのように受け止めて感情的に反応するような繊細すぎる方もいるからです。

親との関係がこじれると学級経営がやりづらくなりますし、大騒ぎにされると管理職まで動かざるを得なくなったり、ということにも発展しかねません。公務員の弱さで市民様が多少理不尽なことを言ってきても譲らざるを得ない所があります。そういう意味では保護者の立場は圧倒的に強いのです。建前は対等なことになってはいても。その背景には親の劣等感や子供の将来についての不安などがあるように思います。

また、親だけではなく祖父母は余計に知的障害に対しての偏見が強い場合も多く、親が特別支援の必要性を認めても発言権の強い祖父母の抵抗で話がとん挫するということもあります。

当の子供自身も高学年になると特別支援に偏見を持ことがあり、特別支援教室へは行きたがらなくなることがあります。実際にクラスが偏見をもって特別支援の生徒を見るかどうかはクラスが協力的人間関係を築いているかどうかによるのですが、すでに劣等感を抱いている学力の振るわない子供にとっては自分の評価をこれ以上傷つけたくないと思って抵抗することがあります。

このような状況から担任が果たすべき課題はなかなか困難であると言わざるを得ません。

そして担任はこれらのことを十分に承知しています。ですからとても勇気がいるのです。

 

 

特別支援通級への話題を勧める上での工夫

親の抵抗を避ける努力を

具体的に保護者に子供に特別支援を勧めるうえでは彼の知的能力が低いのではないか?という話をしなくてはならない訳です。ただ勉強に関心が持てなくて勉強しないから低いわけではなく、知的素質が低いことが知的障害の障害たる所以です。しかしその目的を達成するために馬鹿正直なことを言う必要はありません。

子育て2まず親に会うための口実が必要になります。担任との関係がどの程度のものであるかにもよりますが、多くの場合は二者面談の機会を利用するのが良いかと思いますし、授業参観なども使えるかもしれません。
要するに学校に用事があってきたときに話題にされた方がわざわざ子供の勉強のことで、と言われるよりは身構えなくて良いのではないかと思います。

勿論わざわざ学習のことで、と言ってきていただかなくてはならないこともあるでしょう。私がスクールカウンセラーである場合は「カウンセラーから学習のことで気が付いたというのですが~」という形にすることを担任に勧めることがあります。失敗した際の矛先が担任に向くよりはカウンセラーに向いた方が全体の利益を損なわないと思うからです。

話題の始め方としては両者が共通して認められる部分からスタートさせるのが抵抗が無くて良い方法です。つまり学習の進まなさ、については親も認める所だと思うのです。いつも10点しかとってこない子をいやあ90点取ってますから問題ないはずです、とは言いませんよね。勉強が苦手な子であることは認めてくれるのではないでしょうか。

学力不振が知的障害によるかどうか、というポイントは客観的に証明されていない間は解釈の範囲にとどまりますのでいきなり話題にしない方が無難ではないでしょうか。

また子供の苦手な部分だけではなく、子供の能力的な部分や生活の中での良い所などは平行して伝えていくのは大切なポイントだと思います。

次にここで認識が共通したら次はどう学習を支援できるか?という工夫の部分に話を進めることができるでしょう。

その為には子供の学習する力の得意な所、苦手な所を調べて彼に向いた工夫をすることができれば、より彼を応援しやすくなる。そしてそれを調べることができる検査がある、ということを伝えやすくなります。費用が掛からないことも伝えておいていいと思います。費用が掛からない、というのは教育委員会傘下の教育センターを紹介することが念頭にあるからです。

ここでいう検査とは知能検査のことです。しかしここで「知能」という言葉を出さないのが大切なのです。

ここで親が賛成してくれればあとはお膳立てを整えるだけです。

親に教育センターを紹介します。但し検査ありきで問い合わせるのはあまり得策ではありません。教育センターは教育センターで自分たちでアセスメントする、という姿勢ですから必要なら検査しますが、必要かどうかはこちらで判断します(検査ありきで紹介されるのは不愉快です)、というのが建前です。

ですから親には学力が不振であることを相談の中心的なポイントとして強調することを伝えておくと良いです。それとともに教育センターにも連絡を入れておくのが丁寧で良いでしょう。そこでも子供の学力が気になることを伝えておくと良いと思います。

このような根回しをして知能検査をしない、という判断は常識的にはないと思っていいと思います。

また、良ければ授業での工夫にも応用できるかもしれないことなので、差し支えなければ検査の結果も伝えていただけるようにお伝えすると良いです。

学校にスクールカウンセラーがいるのであればこの段取りについてあらかじめ確認しておくと良いでしょう。

 

子供が何歳までに?

子供は年齢で小学生、中学生と進路のステップが横並びで決まっています。そしてそれを着実に進んで個性豊かな進路へと進むことになるわけです。そしてその間にも子供の心と体は発達していきます。

各段階では、つまり小学校4年の時には4年の話題が、中学校1年の時には1年の特徴が子供の側にも課題の側にもあるのです。それらを考えるとより適したタイミングというのがありそうに思います。

小学校1年生でも気になる子はいるでしょう。しかし能力の発達を評価する時間的余裕もあるでしょうし、保護者の価値観を観察することもできます。本人を取り巻く環境にも急ぐべき理由は特別なものはないと考えても良いと思います。

しかし小学校4年にもなりますと課題が格段に難しくなります。その環境に長時間知的障害児を置いておくことは彼の劣等感を強くしてしまうことにつながります。また子供も特別支援などに通う子供が自分たちとは違うのかな、という意識が育ってきます。ですのでその前が良いと考えますがいかがでしょう。個人的には小学校3年くらいが適当ではないかと思うのですが、どうでしょうか?

中学校で出会う子供は小学校での対応が上手くいかなかった子供たちだということです。それは学校側の要因であったかもしれませんし、家庭側に理由のある事かもしれません。

小学校からの申し送りの際にこの辺りの事情が確認できるものならしておくべきです。それが無いのならばやはり親との間で話題にする必要があります。

中学校3年生は受験の準備や将来の進路の選択を考えなくてはならない時期です。ですからこれらの段取りは2年生の間までには済ませておくべきです。

 

 

ダメな時はダメ。不完全である勇気を持つべし

さて、これらのポイントを守れで必ずうまくいくのか、と言えば答えは残念ながらNoと言わざるを得ません。確率は高まるのではないかと思っているのですが。
私も失敗した経験がありますが、そもそも100%上手く運ぶ方法など人間の技ではあり得ないことなので気にもしません。最善を尽くしてもだめなことはあるのです。

注意深くことを運んだにも関わらず親が良しとしなかった場合、その際はできるだけ親との関係を良好に保ちつつ親の観察を継続しながら心境の変化するチャンスを待つことです。子供の学校への適応が上手くいかなくなる、など機会が訪れることはあります。

ずっと同じ子を受け持つことができる訳ではないでしょうからクラスが変わる際には次の教師にちゃんと申し送りしておくことが必要です。担任の考えによってかなり生徒のとらえ方が変わるので次の担任が同じ見方を共有してくれるかどうかは分からない部分がありますが、自分の責任の範囲に在籍している間にはできることをしておく必要はあると思います。

また結局特別支援教育へつなぐことが上手くいかなくてもそれは担任の限界を超えたことなので気にしない事です。専門家としては選んで欲しい選択肢を選ばなくても彼らは自分たちの運命を自分たちで選ぶ権利があるのですからそのことを受け入れることです。

人生を送る上での決断とその結果の全ては彼らの責任で行われることです。専門家の責任ではありません。専門家の責任はその専門性の見地から最も適切と思われる助言を提供し続けることであって、結果に対して負うものではありません。日本人の援助者はこの点がわかっていない人が多いので、時に感情的に自分の力の足りなさを責める場面を時に見ることがありますが、それは思い違いです。私たちは神様ではありません。

専門家もまた不完全な者であり、その範囲で他者を援助しているのだということを忘れないようにしたいものです。

 

 

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